県医師会理事だより

県医師会報10月号投稿論文

新シリーズ~新型コロナウイルス感染症~

ここまできた開業医の新型コロナウイルス感染症診療

静岡県医師会理事 森 泰雄

静岡県医師会理事 森 泰雄

 3年ぶりに行動制限のないお盆休みが明け、日本は中国と並んでオミクロン株BA.5が猛威を振るっています。厚労省HPから引用したグラフ(図1)を凝視していると、令和4年1月から3月までのオミクロン株BA.1が主体の流行が第6波であり、令和4年4月から6月までのBA.2主体の流行が第7波であり、7月からのBA.5主体の流行が第8波に見えてくるのは私だけでしょうか。

 さて私の診療所(藤枝市)では盆前は1日50~60人の電話による陽性者の健康観察をしていましたが、6日間の盆休みで診療再開日の8月17日には健康観察0人となっていました。1週間後の24日には電話による健康観察が70人を超え、静岡県も藤枝市も過去最高の陽性者数を記録し、その後3−4日は80人を超えました。図1の発生動向によると、すでにピークアウトしたかに見えますが、国内発生数は8月29日95,898人、8月30日152,529人、8月31日169,771人となっていて予断を許さない状況です。新型コロナウイルス感染症患者の全数把握を断念した宮城、茨城、鳥取と佐賀の4県からの報告数減の影響は9月2日からです。本来なら指定感染症2類相当を5類相当に格下げする行政判断を下した後に全数把握を止めるべきであって、本末転倒も甚だしいとしか言いようがありません。毎日更新されるこのグラフも国内発生数も今日からは過去との比較に意味がなくなることになります。実際問題として、1月にBA.1に9月にBA.5に再感染したと想定される小学生も受診しており、今後再感染例の増加に注意を要しますが、正確な統計も取れなくなります。

図1  新型コロナウイルス感染症の国内発生状況

図1  新型コロナウイルス感染症の国内発生状況

 また1年前の令和3年8月にはデルタ株による第5波がピークを迎え、8月15日から藤枝市が蔓延防止等重点措置の対象となり、8月20日からは静岡県に緊急事態宣言が適用されることになりました。この頃当院ではPCR検査2例中2例が陽性の日があり、オリンピック閉会式当日は4例中3例が陽性となり恐怖に苛まれていました。藤枝市でも1日数十人の陽性者が報告され、中部保健所では家族の濃厚接触者の同定を回避し家庭内感染が増えてきていました。静岡県医師会報令和3年10月号のとびらのことばで発熱等診療医療機関の窮状を訴え、波の高さだけから見れば現在の4分の1以下程度のさざ波のごとき第5波を大パンデミックと称し、かつ有事に例えました。「実際の戦争であれば敗北宣言をして戦力を放棄すれば、対戦国からの攻撃はなくなるかもしれませんが、新型コロナウイルスは敗北宣言をしても容赦はありません。やはり我々はレジスタンス活動として“ささやかな抵抗”を続けていくしかありません。」と結びました。

 この“ささやかな抵抗”が実を結び疲弊することなく大輪の花が咲くが如く、盆休み明けの1 週間では通常診療に加え、週に100人以上に新型コロナウイルスワクチン接種をし、等温遺伝子増幅装置(ID NOW)(図2)によるPCR検査と抗原定性検査合わせて1日14~22例に施行しており、陽性率は62%(77/124)でした。検査は一日20人が限界のようで、なるべく20人未満に抑えています。そして電話による健康観察開始が18時診療終了後70−80人に達してもスタッフ一同何とか耐えてくれています。有能で伸びしろの随分大きかったスタッフご一同様には深く感謝する毎日です。


図2  等温遺伝子増幅装置(PCR検査装置)

図2  等温遺伝子増幅装置(PCR検査装置)

この装置はNEAR法(Nicking Enzyme Amplification Reaction)を用いた等温核酸増幅法によって、RNAをDNAに逆転写し、酵素を用いて高速な核酸増幅を実現しています(陽性で最短5分、陰性で13分)。

図3  重症度別マネジメントのまとめ

図3  重症度別マネジメントのまとめ

 1年前は抗原定性検査が普及しておらず、かつ不正確で、外注のPCR検査しか有効な検査手段がありませんでしたが、結果は翌日以降で、込み合っていると数日かかる場合もありました。当院では等温遺伝子増幅装置を静岡県からの補助金により7月15日導入しました。陽性判定が15分ほどで可能で、極めて有用です。抗原定性検査と上手に振り分けることによって、検査効率は一段上がりました。

 治療は発熱、頭痛、咽頭痛、咳や鼻水など有症状者への対症療法薬はほぼ全例に処方しました。1年前のデルタ株には中和抗体の注射が有効でしたから重症化予備軍は中部保健所経由で藤枝市立総合病院や焼津市立総合病院と島田市立総合医療センターに依頼していました。最近のウイルス自体の変異によって、現在使用できる2つの抗体製剤は効果が弱くなり、ロナプリーブは使用しない、あるいはゼビュディは推奨の順位が下がっており、現在はまず使用しない、状況となっています。

 一方、『新型コロナウイルス感染症診療の手引き第8.0版』によると、内服の抗ウイルス薬は2剤とも効果は変わらないとされています(図3)。このため現在COVID-19への外来治療としては、パキロビッドパックまたはラゲブリオとなっています。しかし当院はラゲブリオの登録医療機関ですが、パキロビットパックは未登録です。院内処方ですので治験に加わり今以上の事務手続きなど業務拡大には対応できないのが大きな理由です。現在藤枝市立総合病院では診療情報提供書(図4)を変更し、パキロビットの併用禁忌薬を網羅した内服薬チェックリスト(表1)を追加し、迅速な受け入れ体制を構築してくれています。

 我々開業医は県や市と、あるいは保健所や市立病院と密に連携し地域住民をコロナ禍から守っていかなくてはなりません。新型コロナウイルス感染症に対するかかりつけ医の3条件として①地域住民に対し新型コロナワクチンの予防接種をしている、②発熱等診療医療機関として抗原検査やPCR検査で診断している、③陽性患者に対し自宅療養協力医療機関として電話等による健康観察をしている、を挙げました。新型コロナウイルス感染症が指定感染症2 類相当から5類相当に格下げされた暁には、保険診療の枠の中で必要があれば抗ウイルス薬を投与し、一人でも多くの開業医が新型コロナウイルス感染症に対するかかりつけ医として活躍できるよう祈念しております。会員の皆様宜しくお願い申し上げます。

(令和4年9月2日)

図4  診療情報提供書兼申込書

図4  診療情報提供書兼申込書

表1  内服薬チェックリスト

表1  内服薬チェックリスト